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2005/12 取材 <i-wishママになりたい/2006年3月発行号の掲載誌面できれいな画像がみられます>

患者様個々へのより慎重な対応が必要な『カウンセリングやインフォームドコンセント』には愛を注ぎ、精子の選別には最新の検査方法を導入することで、より質の高い(男性)不妊治療が初めて行なえるのです
黒田メソッド

●『黒田IMR=黒田優佳子医師は研究熱心でお固いから』とイメージされていらっしゃる先生諸氏はじめ読者のみなさまにとって、『黒田メソッド』という言葉は初めてかもしれません。そして、今回出会う不妊治療への『愛』の表現も、また初めてかもしれません。しかし、これら言葉の奥には不妊治療(人間生命に関わる仕事)の現場が抱える深い課題や反省、啓発の気持ちが流れていることをお考え下さい。
 だからこそ安心安全、信頼も高まるのです。
 まずは、この黒田IMRが院内の愛、そして患者様との愛を大事にしていることをお伝えして、黒田メソッドにふれていきましょう。


黒田メソッド
    この聞き慣れない言葉、メソッド(method)とはギリシャ語を語源とする『道に従って行くこと』の意味で、教授法・研究などの論理的で組織立った方法、方式をさし、一定の順序や道筋、秩序、規則正しさ、几帳面を表します。

 男性不妊においては、精子機能の特殊検査を実施し、その詳細なデータに基づいて最適な精子選別技術を選定し、慎重に治療に用いることが課題です。簡単に言ってしまえば、不妊治療で用いる精子の質を一般的に基準とされる数量と運動量、形だけで決めるのではなく、精子の機能を調べる検査で、一匹々の精子をもっと詳しくみた上で、本当に質の良い精子を選び出すために必要な選別法を決めていくということです。その方法を初診から妊娠に至る過程の中で丁寧なカウンセリング、徹底したインフォームドコンセントで包んで行く一連の診療に発展した黒田式不妊治療が黒田メソッドといえば何となく様子も見えてくることでしょう。

 『カウンセリングやインフォームドコンセントは患者様個々へのより慎重な対応が必要で、それには愛を注ぎ、精子の選別には最新の検査方法を導入することで、より質の高い男性不妊治療が初めて行なえる』それが黒田メソッド、黒田IMRの質の高い治療法です。

大切な心理面でのケア(カウンセリング)
 健男性が不妊で最も不安に思い、最も知りたいことは、自分の精子でしっかり妊娠が成立し、生まれてくるだろう子どもが十分健康かどうかということです。そのために、患者は、納得して不妊治療に取り組める安全な施設での治療を切望します。それでも抱いている心理的な不安は大きく、そのケアは従事するスタッフ個々の立場や役割をしっかり伝え、プロフェッショナルなアプローチをするために、院内の信頼関係とスタッフと患者様とのダブルの信頼関係を築き上げる必要があるのです。
 とくに医師は、重度男性不妊患者の大半が顕微授精(ICSI)の適応となることを考慮し、ICSIに伴うリスクと効果を十分に知った上で、科学的根拠に基づいた信頼性の高い情報提供をする義務があります。

不妊男性の精子とDNA、その損傷について
 信頼性の高い検査方法を説明する前に、精子の話をしておきましょう。
 ヒトの成熟精子は二回の減数分裂を経た後に形成されますが、その過程で一部はDNA二重鎖切断を伴う細胞死(学術的にはアポトーシスと言う)により淘汰されてしまいます(図1)。ところが、第二減数分裂後に生じたDNA損傷はDNA修復酵素を欠くため修復されず蓄積されてしまいます。
 このことは射出された精子にも損傷したDNAが混在することを示し、重度男性不妊ではその比率が増加することが報告されています。

図1

ICSIの臨床応用での安全性について
 実際の男性不妊(乏精子症、精子無力症)治療では、より少ない精子数で受精を可能にさせようと、人工授精から体外受精・胚移植(IVF│ET)、顕微授精(ICSI)へと高度化が図られました(図2)。
 つまり、少ない精子数=低い媒精濃度で対応できる男性不妊治療の切り札として臨床応用されたIVF│ETでも、運動精子を分離、濃縮したところで受精率が低いことから、ICSIの臨床応用に至ったという訳です。
 ところが、現状のICSIは精子を卵細胞質内に直接注入するため、精子運動能や先体反応誘起能(精子が卵子に侵入する為に不可欠な生理学的な反応・図3)やDNA損傷などの精子機能を無視して応用でき、さらには未熟な精細胞を注入しても正常な胚発生が可能であるとされ、卵子への侵入能力がない重度男性不妊症例に対する唯一の治療法とされています。
 しかし、このICSIの際に、卵に注入する一匹の精子選別法については、現状でも詳細に再検討する必要があると黒田医師は懸念します。
 その背景には、形の良い運動精子を単に顕微鏡下でpick upして注入している、つまりは、全ての射精精子に先体反応誘起能が認められ、かつDNA損傷が存在しないことを前提として、注入精子の評価と選別に明確な基準が規定されないまま臨床応用されている現状があります。
 すでにICSIにより出生した子どもの染色体異常率が自然妊娠に比べて高い傾向が報告されている点や、ICSIの対象となる重度男性不妊症例では第二減数分裂後に生じたDNA損傷精子比率が高い点からも、最大限に慎重な方法で注入精子の標価と選別をすることが必要不可欠であることが納得できます。


図2

図3/右は表1

重要な精子の質の評価
  そこでもう一度男性不妊の現状をみてみると、精子数と運動率に基づいて定義されているものの(表1)、もっとしっかり精子機能の特殊検査を行ない、精子の質を評価することにより、本来の男性不妊の重症度を正確に把握することの可能性と必要性が広がり、それら検査から男性不妊の奥深さと大切さが見えてきます。
 すでに行なわれている精子研究からも、健常な妊孕性のあるヒトの同一精液内における精子の質的バラツキが大きいという特殊性が認められているため、その結果、全ての運動精子において運動能以外の精子機能(先体反応・染色体など)が良好との理論は成り立たなくなります。
 わかりやすく言えば、極端に運動精子数が少なくても一匹毎の精子機能の質は高いという場合もある一方で、十分な運動精子数が認められても各精子機能を評価すると、一匹毎の精子の質が低いという場合もあるということです。このことからも、光学顕微鏡による精液所見に加えて多面的な精子機能検査(先体反応・染色体・運動代謝活性など)を行ない、男性不妊病態の重症度を正確に把握することの重要性を黒田医師は強調します。

適切な精子選別技術を選択・組み合わせることにより、より安全性の高い治療を提供
 では黒田医師は、実際にはどのような治療をしているのでしょうか。
 科学的に解析した男性不妊病態に基づき適切な精子選別法を選定し、かつ高度な技術を組み合わせ、安全性の高い治療方針を設計しています。不妊男性ではDNA損傷の精子比率が高くなることから、重度な男性不妊症例に対してはDNA損傷精子を排除する高度な新規技術を導入して、より安全な治療を提供することを目指します。
 その結果、やっと信頼性の高い情報提供が可能となり、患者夫婦に対しても初めて十分かつ必要なカウンセリングを行なうことができると言います。
 こうして医師(医療スタッフ)からは治療の方向性、見通しが明確に説明され、患者側の不妊治療に対する意向、そして人生における治療の位置づけを把握できることにより、両者ともに納得のいく治療経過を共有することができてくるのです。
 なるほど、これが黒田メソッドなのでしょう。


夫婦外の人格を有する第三の生命を健康に導く
 さらに黒田医師の話は進みます。
 ヒトの精子が卵子と受精して行く(最終的には問題のない子孫繁栄に導くレベルで考えたい)能力を精子受精能とすれば、男性不妊においてこの機能を検査することがきわめて重要。こうした研究に際しては、今までの生殖医療では実験動物や畜産動物が研究材料として使われています。ところが、実験動物や畜産動物からの結果を一様に複雑な原因を有するヒトの不妊という病態モデルに照らし合わせることには無理が生じるのです。
 ここから予想される心配として、畜産学の目的とヒトの不妊治療の目的の差を認識した生殖学の未確立、そして現在の不妊治療施設に従事する培養士のヒト生殖医療の経験や資質・意識にも注意が注がれることでしょう。
 夫婦外の人格を有する第三の生命を健康に導かねばならない不妊治療。だからこそ、よりしっかりした精子の研究が求められていることを皆が知る時代なのです。


では、精子機能の特殊検査とはどんな検査なのでしょう?
  黒田メソッドにおけるヒト精子の評価法を紹介するのに、精子の構造に合わせて四つのポイントをあげてみました。
● ポイント 1
 精子頭部の内部構造形態の観察が重要となります。
 一見外見は綺麗な頭部形態を有している精子でも、染色色素を用いて内部構造を観察したり、電子顕微鏡を通してみると孔が開いている様子(学術的には空胞化と言う)が確認される場合があります(図5)。当然のこととして、空胞化がみられない精子が良好な精子として合格になります。
 一般の精液検査では精子頭部の内部構造は観察されず、あくまでも光学顕微鏡レベルにおける外見の形態だけを観察して精子の良し悪しを評価しています(図4)。しかし図5に示したように一見して形態的に問題がない精子の中にも頭部の空胞化が見られる精子も含まれていることも踏まえて、黒田医師は精子頭部の内部構造形態の観察も重要かつ必要な観察項目であると強調します。黒田IMRでは、染色色素を用いた内部構造の観察を、日常の精液検査の中に組み込んで実践しています。

● ポイント 2
 精子頭部の先体部の機能解析が重要となります。先体とは、主要な酵素を含む細胞内小器官を言いますが、卵子への接着・侵入に際し大切な機能を発揮させます。この先体部の機能(これを先体反応と言う)が正常に働いてこそ初めて受精が可能になります(図3)。そのため、体外受精には先体反応が誘起し得る精子が用いられ、顕微授精には先体反応が誘起し得た精子が卵細胞質内に注入される必要があります。そこを見極めるために、黒田メソッドの一端が生かされます。
 先体反応誘起機能を評価するにあたり、気をつけなくてはならないことに、死滅して変性した精子でも形態学的にはあたかも先体反応が起きたかのように観察されてしまう点にあります。 
 そこで黒田医師は、精子生存の有無を確認した上で先体反応の機能を評価することが重要であると語ります。
 黒田IMRでは、蛍光ラベル化した特殊な物質(?)を用いて先体反応の機能を評価する(図6)とともに、独自に開発した先体反応誘起精子を選択的に分離する手法も取り入れています。

● ポイント 3
 精子頭部に収納される精子核中のDNA損傷レベルの解析が重要となります。黒田医師は次のように語ります。

 ヒトの場合、妊よう性を有した健常男性の成熟精子の中にも、一部はDNA損傷精子が混じっていて、この傾向が男性不妊の精子では強く現れることを忘れてはならないと(前述)。だからこそ、非特異的(偶発的)に生じた精子DNA損傷を多面的に見て男性不妊の重症度を見極めることが必要な訳です。そこで精子DNA損傷比率を指標として、精子選別の際に可能な限りDNA損傷精子を排除することが不可欠になります。(*遺伝子レベルで原因が明らかとされる男性不妊の病態が稀なことから、ポイントは可能な限りDNA損傷精子を排除することに置いています)
 その精子DNA損傷を検出する方法には色々ありますが、蛍光色素を用いて精子をそのまま染色する方法や、DNA断片化を検出する方法(図7)など、黒田医師はその精子の状態に見合ったベストな条件を設定して用いています。

● ポイント 4
 精子中片(頭部と尾部との間の部分)・尾部のエネルギー代謝および運動能の解析が重要となります。黒田医師は、特に大切なことは、エネルギー源となる物質(これを基質と言う)が、正常な形で、正常な量が、正常に使われて代謝が司られている結果、正常な精子運動能が発揮されているか否か、と言うことにあると語ります。基質量まで定量できて正確な運動能を評価することは、基礎研究室を備えた上で実現化することですので、どこの施設でも実用的にすることは難しいですが、知識としては知っておく必要があります。
 一般的にはCASA(computer assisted sperm analyzer)や、それに準じたコンピュータによる運動能解析が標準化されていて、無条件に高精度と考えられがちです。しかし測定条件が標準化されていない現状では多くの誤差因子が含まれているため、あくまでも参考データとして考えなくてはならないことを認識することが大切です。
 以上、精子を標価するにあたり、四つのポイントをまとめてみましたが、精子の外見の良し悪しだけでは、中身の良し悪しまでわからないことが十分納得でき、精子の機能を標価することの重要性が伝わってきます。

図4/図5

図6/図7

精子の選別
 精子が雌性生殖路を遡上して卵子へ侵入するまでに、運動精子が分離され、精奬、細菌、ウイルスなども除去されるとともにcapacitation、先体反応などの生理的、形態的変化が誘起されることが必須と黒田医師は考えます。
 ARTに供する精子選別の目的は、これらの現象をin vitro(生体外)で再現することにあり、授精法の高度化に見合ったより高度な精子選別技術が必要となります。
 精子選別、すなわち良好精子の分離と濃縮の基本原理は、成熟精子の比重は高い(重い)一方で、未成熟精子の比重は低い(軽い)ことに着眼して、遠心分離法を用いて比重で分けることに始まります。しかし、その手法には施設格差があるようで、なかなか精子調整技術(精子選別技術)が標準化されない現状があります。よく耳にする手法に、パーコール法(図8)とかswim up法がありますが、その技術の奥深さも認知されていません。このような技術は、良好運動精子の分離・濃縮と、前述した先体反応を誘起させた精子を効率よく回収しようとする目的で開発されましたが、重要なことは、男性不妊の各症例に見合った精子選別技術を選択して組み合わせること、そして精子の性質に見合った微調整技術と独自法を確立して導入することにあると黒田医師は語ります(図9、10 )。
 更に前述したように、ヒト精子の形成過程では、第二減数分裂後に生じた精子のDNA損傷は蓄積されるという特性を有しており、この傾向は不妊男性の精子に強く現れますから、この点からもICSIの対象となる重度な不妊男性の精子中から注入する精子を選別する際には、DNA損傷を有しない精子を選別することが不可欠なのです。
 また、精子を選別している操作過程でDNAを損傷させてしまうこともあるため、操作中における精子DNAを保護できる環境を配慮した上で精子を取り扱うことも必須となります。この精子選別技術の奥深さを認識して治療を進めていくのが黒田メソッドです。
 細かい手法に関しましては専門書に譲りたいと思いますが、黒田メソッドを通して不妊治療における精子の存在の重要性と男性不妊の奥深さを認識してくだされば嬉しい限りです。今回の黒田医師の取材を通して、精子に対するやさしい愛の手の必要性を痛感しました。

図8/図9/図10

重要な精液の前処理
 精子の選別に際しては、精液中の繊維、結石、ムチン様物質などを除去する目的で、まず最初に精液を希釈して自重沈降した後にフィルター濾過する前処理で、あまり知られていない工程ですが、重要性が高いことを黒田医師は強調します。


まとめとして
 黒田医師は生殖医療の本質が染色体の移植医療であることを強調し、ARTの実施に際しては精子選別のみならず、卵子形成、受精、胚培養過程におけるDNA損傷の可能性をも考慮した安全な治療技術の導入が不可欠であることを唱えます。
 不妊治療のゴールは決して妊娠させることだけではなく、胚の消滅、流産という形で淘汰される早発性障害のみならず、健康な赤ちゃんが生まれ、その子が健康に年を重ねていくこと、即ち晩発性障害をも含めた長期予後まで見守る姿勢が要求されます。21世紀の生殖医療が、基礎研究に基づいた高度生殖医療の提供を目指し、更なる質的向上に努め、生殖医療従事者としての重責を自覚した上で責務を果たすべく義務があると強く語ります。


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